2017-06

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歴史のモヤモヤ

どうも楠本です

理科・数学と自分の得意教科を書いてきましたが

今回は歴史にチャレンジしてみたいと思います

タイトルにあるように僕が歴史に持つイメージは

まさにモヤモヤです

前田慶次郎利益について書かれた

隆慶一郎先生の「一夢庵風流記」や

宮本武蔵について書かれた

司馬遼太郎先生の「新説宮本武蔵」など

歴史小説を読むことは好きなのですが

僕がイマイチ歴史を好きになれない部分が

1つあります

それはズバリ「諸説あり」という表現です

「諸説あり」とは、要ははっきりとは分かっていません、

色んな言い伝えがありますということです

勝てば官軍負ければ賊軍といいますように

伝記や記録などのほとんどに

書いた人(側)に都合のいいような脚色がおこなわれています

それにより1つの出来事について「諸説あり」ということが

起こるのです

今日は僕がモヤモヤする歴史の中から

みなさんも知っている有名な人物について

書きたいと思います


日本最強の剣豪は?と聞かれれば

多くの人が「宮本武蔵」の名を出すでしょう

宮本武蔵といえば二刀流を極め

著書「五輪書」は世界中で翻訳されています

宮本武蔵を語る上で必ず出てくるのが

京の吉岡家との決闘と巌流島の決闘でしょう

吉岡との決闘については

京に上った武蔵が吉岡清十郎・伝七郎を破り

その後吉岡門下数百名を相手に

一人で勝利し、吉岡家は滅んだという話が有名かと思いますが

これは武蔵の養子の伊織が記した記録であり

常識で考えて一人で数百人の相手は不可能なので

創作された可能性が非常に高いです

武蔵自身も生前弟子たちに

門下数十名と語っていたようです

この話は武蔵の周りの人間が記録した物にしか登場せず

吉岡家側の記録では清十郎ではない人物と

武蔵が引き分け、その後戦った記録は残っていません

また、数多くの記録にその後吉岡家は登場するので

武蔵側の記録には数多く矛盾点があります

どの説を信じるかはみなさんの自由です

次回は「巌流島の決闘」をお送りいたします

ではまた来週

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